一方で、この強力な同盟関係の下で日本が自主的な外交、軍備を怠ってきたことや、冷戦時代にアメリカが起こしたベトナム戦争やその後のイラク戦争などにおいて、嘉手納基地や横田基地などの日本国内のアメリカ軍基地が出撃基地として利用されてきたこと、日本国内のアメリカ軍基地周辺において在日アメリカ軍兵士による日本人女性に対するレイプや強盗、殺人事件が多発しているが、日米地位協定により日本側に被疑者の身柄の拘束を最初に行うことが拒否されるケースがあることなどから、同盟関係に対する批判も存在する。現在、地位協定の改善に向けて協議が進んでいる。
緊密な関係
冷戦が終結した現在もなお日米関係は国際政治や経済活動において不動の地位を築きつつあり、両国間の貿易や投資活動はその規模の大きさから両国経済だけでなく世界経済に大きな影響力を持つほか、2006年10月に発生した北朝鮮の核実験における対応や、同国による日本人拉致事件でもある程度は共同歩調をとっている。
州法
各州が独自の立法機関を設置し独自の憲法と州法を有する。
先物取引
は全州にわたって効力を有するものとして上位に位置するものではあるが、各州の自治が歴史的に尊重されていたこともあり、日本における地方自治体の条例に比べると、各州法の地位はかなり高く、「United States」の名のとおり、独立国にも比する強大な自治権を認められている。
合衆国憲法により、
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を制定することができる分野は、国家としての対外的な規律に関わる問題や、州を跨ぐ通商に関連する事項等に限定されていることから、会社法や刑法などの一般的法律も州法において規定されている。これらの影響により現在も禁酒法がところにより残っている。
「法のもとの平等」
公民権法に署名するリンドン・B・ジョンソン大統領、ジョンソンの真後ろが公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師独立宣言には『すべての人民は法のもとに平等である』と謳われていたが、女性、黒人奴隷および先住民が真の法の下の平等を勝ち取ったのは建国から200年近くも後のことである。アメリカ合衆国で女性参政権が認められたのは1920年であり、アフリカ系アメリカ人と先住民族が法のもとに他の人種と同等の権利を保証されるようになるまでには20世紀半ばの公民権運動の勃興を待たねばならなかった。
19世紀後半以降にアメリカ合衆国への移民が増加するに従い、アングロ・サクソン系以外の移民を制限するための法律が連邦議会で次々に可決された。1882年に中国人(当時の国名は清)の移民を禁止する中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)が制定され、1924年には日本で「排日移民法」として知られているジョンソン・リード移民法が制定されて、新たに移民できる外国人の数を合衆国内にすでに居住している同じ人種の人口によって決めることで実質的にアジアと東欧および南欧からの移民を制限した。連邦レベルで移民の人種的制限が完全に撤廃されたのは1965年の
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移民帰化法においてである。
第二次世界大戦が勃発すると、米国西海岸に居住する日系アメリカ人は米国の市民権を持つアメリカ人であるにもかかわらず「敵性外国人」として市民権を剥奪され、強制収容所に送られた(詳しくは日系人の強制収容を参照)。また同じ理由から、アメリカの影響下にあったラテンアメリカ13カ国の日系人もアメリカに強制連行された。この一連の強制収容により多くの日系人が財産や生活の基盤を失い、戦後7年が過ぎた1952年の移民国籍法の施行まで市民権は回復されなかった。
その他
また「自由の国」を自称しているとはいえ、上記のように法の上での
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差別が近年まで残っていた上、現在も人種差別はあらゆる場面にみられる。また、ピューリタニズム・宗教保守派の考えの影響から性に関する問題には厳しいところもあり、州によっては婚前交渉や同棲が認められておらず、刑罰の対象となる場合もある。また妊娠中絶を合法化すべきかどうか、死刑制度を認めるかどうかなどの点で宗教的価値観などの多様性を背景とした国家レベルでの議論が繰り返されている。
英米法−独立の経緯からイギリスの法思想の影響が大きい
アメリカの人権問題と人権状況と人権政策と歴史についてはアメリカの人権と人権政策を参照。
軍事
詳細はアメリカ軍、
不動産
の軍需経済と軍事政策をそれぞれ参照
アメリカは世界最大の軍事国家である。世界全体の軍事費のおよそ半数をアメリカ1国で占めている(次節参照)。軍需産業は冷戦時代から現在に至るまでアメリカの重要な産業の1つとなっている。
また、日本やドイツ、大韓民国、サウジアラビア、トルコ、イギリスなどの同盟関係にある国に基地を持つ。強大な軍事力を持つアメリカ軍の基地があることが、これらの国とその周辺国の軍事バランスを保つことに大きく貢献している一方、それらの基地に駐屯する兵士によるレイプや強盗などの凶悪犯罪が多発し、大きな問題となっている。
2006年11月現在、イラク国内やアフガニスタン国内で現地の反政府勢力や武装集団と事実上の戦闘状態にあり、特にイラクには現在も10万人以上の兵士が駐屯し、ほぼ毎日武装勢力による攻撃で戦死者が出ている。2007年1月にはアメリカ軍の戦死者が3000人に達し、同時多発テロの犠牲者の人数を超えた。
経済
詳細はアメリカ合衆国の経済を参照
1792年5月17日に24人の仲買人によって設立されたニューヨーク証券取引所は、世界最大の証券取引所である。経済規模は 国内総生産(GDP)で世界第1位である。しかし、1人当たりのGDPに換算すると、世界第4位である。大きな経済規模を持ち、その技術開発力と生産力、消費力で世界経済を引っ張る存在である反面、アメリカ文化が資本主義社会の基本である「大量生産・大量消費」の側面を強く持っており、他の先進国と比べても1人当たりの資源消費量が格段に大きいこともあり、「地球環境問題や健康問題の深刻化をもたらした」などと批判されることも多い。アメリカの環境問題と環境状況と環境政策と歴史についてはアメリカの環境と環境政策を参照。
自動車や航空機、コンピュータなど主な工業品の生産、販売数で長年世界一を保っており、その消費量の多さのため世界中の企業が進出している。また、これらの企業が上場するニューヨーク証券取引所は世界最大の取引高を誇っている。その為世界経済に与える影響力は非常に大きいものがある。アメリカの経済問題と経済状況と経済政策と歴史についてはアメリカの経済と経済政策を参照。
また、軍事産業や重工業だけでなく、小売やサービス業に至るまで多くの大企業が軍を大きな顧客とするという、いわゆる軍産複合体体質が諸外国への頻繁な軍事介入の理由の一つだと指摘されることも多い。しかし、現代においては戦争が起こっても必ずしも軍事産業界が潤うわけではないこと、軍事介入自体が国家財政を圧迫することを論拠とし、軍産複合体の存在自体を否定する主張も存在する。アメリカの軍需産業・軍需経済・軍事政策の関連性と歴史と国の経済に対する比率や影響力についてはアメリカの軍需経済と軍事政策を参照。
訴訟社会としても知られ、国内に弁護士が約90万人もおり、人口比では日本の25倍になる。アメリカ人自身からも行き過ぎによる弊害がたびたび指摘され、いわゆるマクドナルド・コーヒー事件はその代表例として有名になった。これは国民が多文化・多宗教の混合であるため、共通する価値判断基準が法律以外にないからだという意見がある。日本では制限されている弁護士の宣伝広告活動が認められていることから、弁護士本人が出演するCMがテレビで放送されることもある。営業活動に熱心な弁護士を揶揄するアンビュランス・チェイサー(なにかの事故で負傷者が出ると、搬送先の病院で賠償請求訴訟を起こすよう勧めるため救急車を追いかける弁護士の意)というスラングがある。
1981年に大統領となったレーガンは、インフレの抑制、減税による投資促進、規制緩和の促進などにより、経済の供給サイドの強化を図る「レーガノミックス」を行った。インフレ抑制は前政権から続いていたマネーサプライに照準を合わせた金融政策により成果をあげたものの、国防費の増大と大幅減税により財政収支が悪化、また高金利からドルレートが上昇し、経常収支の赤字が拡大した(双子の赤字)。金融が緩和する過程で株価は上昇をはじめM&Aがブームとなったが、ブラックマンデーにより株高経済は一旦調整した。
1990年代は、日本の経済が長期低迷に陥り、「失われた10年」と呼ばれたのとは対照的に、アメリカ経済は非常に良好なパフォーマンスを示すようになり、「ニューエコノミー」と呼ばれた。低インフレと高成長を両立し、労働生産性も上昇したことから、アメリカ経済は新たな局面に入った、と言われた。1991年3月の景気の谷の後、2001年3月まで10年にわたって景気拡大を続け、世界経済の牽引役となった。